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ゼロトラストとSASEの違いを情シス向けに整理

目次[非表示]

  1. まず比較表で整理する
  2. ゼロトラストとは何か
  3. SASEとは何か
  4. ゼロトラストとSASEの違いは「原則」と「実装基盤」
  5. どちらを先に考えるべきか
  6. 情シスが社内説明で押さえるべき実務ポイント
  7. よくある失敗パターン
  8. 社内合意を作るときの説明フレーム
  9. 典型的な進め方
  10. FAQ
  11. まとめ
  • ゼロトラストは「何を信頼しないか」「どうアクセス制御するか」を定める考え方であり、SASEはネットワーク接続とセキュリティ機能をクラウド側でまとめて提供するアーキテクチャです。
  • 情シスの実務では、ゼロトラストとSASEを対立概念として比較するより、「アクセス制御の原則」と「実装基盤」の関係で整理すると判断しやすくなります。
  • NIST SP 800-207はゼロトラストを、静的な境界防御からユーザー・資産・リソース中心へ移す考え方として説明しています。Source: NIST SP 800-207
  • NIST SP 800-215は、現代の企業ネットワークに対する包括的なセキュリティサービスの例としてSASEを位置づけています。Source: NIST SP 800-215
  • 導入判断では、用語の流行よりも「守りたいリソース」「利用者の働き方」「既存VPNや拠点回線の限界」「ID基盤の成熟度」を先に見るべきです。

導入検討の場では、ゼロトラストとSASEが同じ比較表に並ぶことがあります。ですが、情報システム担当者が本当に知りたいのは「どちらを選ぶか」ではなく、「何が違い、どこまで重なり、どの順で整備すれば無理がないか」のはずです。

この記事では、NISTとCISAの公開資料をもとに、ゼロトラストとSASEの違いを定義、役割、導入順序の3つの観点で整理します。ベンダー比較や製品ランキングには踏み込まず、情シスが社内説明や要件整理に使えるレベルまで論点を絞ります。

まず比較表で整理する

最初に全体像をつかむために、ゼロトラストとSASEを同じ土俵で見ないほうがよい理由を表で整理します。

観点

ゼロトラスト

SASE

主な位置づけ

セキュリティの原則・設計思想

ネットワークとセキュリティ提供形態のアーキテクチャ

何を中心に考えるか

ユーザー、端末、ワークロード、リソースごとの信頼判断

分散拠点やリモート接続を前提にした通信経路とセキュリティ機能の統合

代表的な論点

認証、認可、継続的評価、最小権限、マイクロセグメンテーション

SWG、CASB、ZTNA、FWaaS、SD-WANなどの統合運用

導入時の前提

ID基盤、端末状態把握、ポリシー設計、資産棚卸し

回線構成、拠点接続、クラウド利用、既存VPNやプロキシの見直し

情シスの判断軸

どのリソースに誰がどの条件でアクセスできるか

どこで通信を中継し、どの機能を一元化するか

この表で重要なのは、ゼロトラストが「判断原則」であり、SASEが「サービスの載せ方や集約の仕方」に近い点です。SASE製品の中にゼロトラスト的な制御を含めることはありますが、SASEを採用しただけでゼロトラストが完成するわけではありません。

ゼロトラストとは何か

ゼロトラストを理解するときは、社内ネットワークの内側だから安全、VPNを通ったから安全、という前提を捨てることから始まります。NIST SP 800-207は、境界防御中心の考え方から、ユーザーや資産、リソース中心へ防御を移す必要性を示しています。

Zero trust focuses on protecting resources, not network segments.

出典: NIST SP 800-207

この一文が示す通り、ゼロトラストの焦点は「ネットワークの内外」ではなく「守る対象そのもの」です。情シス実務に置き換えると、次のような見直しが必要になります。

  1. 社員、委託先、システムアカウントを同じ認証基盤でどこまで統制できるか。
  2. 端末の健全性、MFA、接続元、時間帯などの条件を認可に反映できるか。
  3. アプリ、ファイル共有、SaaS、管理者権限などを一律ではなく個別に守れているか。
  4. 一度通した通信を恒久的に信用せず、セッション中も再評価できるか。

NIST SP 800-207の説明では、ゼロトラストは単一製品ではなく、複数の技術とポリシーを組み合わせるアーキテクチャです。つまり、情シスがゼロトラストを検討する場合、最初の論点は「どの製品を買うか」ではなく、「どのリソースをどの条件で守るか」を文章化できているかにあります。

ここで見落とされやすいのが、ゼロトラストはネットワーク部門だけのテーマではない点です。ID管理、エンドポイント管理、ログ分析、アプリ所有部門、クラウド運用の連携が前提になるため、情シスが旗振り役になっても、単独では完結しません。CISAのZero Trust Maturity Modelも、Identity、Devices、Networks、Applications and Workloads、Dataという複数領域で成熟度を見ています。Source: CISA Zero Trust Maturity Model

SASEとは何か

SASEは、分散した拠点、リモートワーク、SaaS利用、クラウド接続が当たり前になった環境で、通信経路とセキュリティ機能をクラウドサービスとしてまとめて提供する考え方です。NIST SP 800-215は、現代の企業ネットワークでは複数クラウド、地理的に分散したIT資産、マイクロサービス化が進み、それに応じて従来のアクセス手段に限界があると整理しています。Source: NIST SP 800-215

同資料では、現代のネットワークに対して包括的なセキュリティサービスを提供する進化したWAN基盤の例として、SASEを挙げています。ここでのポイントは、SASEが「アクセス判断の原則」そのものではなく、「通信をどこでどう保護するか」を再設計する枠組みだということです。

情シスの目線では、SASEは次のような課題に効きやすい領域です。

  • 拠点ごとに別々のセキュリティ機器を持ち、設定差分が増えている。
  • VPN集中装置にリモート接続が偏り、性能や運用負荷が限界に近い。
  • SaaS利用が増えたのに、すべての通信を本社経由で戻していて遅い。
  • Webアクセス制御、CASB、リモート接続、拠点間接続が個別製品で分断されている。

一方で、SASEを導入しても、ID連携が弱く、端末状態を参照せず、アプリごとの細かな認可設計ができなければ、ゼロトラスト的な運用は弱いままです。逆に、ゼロトラストの原則を掲げていても、通信経路や拠点接続が旧来のままであれば、運用負荷や性能面で継続しにくいことがあります。

ゼロトラストとSASEの違いは「原則」と「実装基盤」

混同を避けるには、ゼロトラストをセキュリティ原則、SASEを実装基盤として分けて考えるのが有効です。NIST SP 1800-35の高レベル文書でも、ZTAの実装例や関連技術の文脈でSASEがキーワードとして扱われています。Source: NIST SP 1800-35

この関係を情シス向けに言い換えると、次の整理になります。

  • ゼロトラストが答える問い:
    どのユーザーや端末が、どのリソースへ、どんな条件でアクセスしてよいか。
  • SASEが答える問い:
    そのアクセスを、どの通信経路とどのセキュリティ機能の組み合わせで、安全かつ運用しやすく提供するか。

この切り分けをすると、社内でよく起きる2つの誤解を避けやすくなります。

  1. 「SASEを入れればゼロトラストができる」という誤解
    SASE製品にZTNAやSWG、CASBが含まれていても、認可ポリシー設計や資産分類が曖昧なら、アクセス判断は粗いままです。
  2. 「ゼロトラストは概念論で、ネットワーク刷新は別件」という誤解
    実際には、クラウド利用やリモートワークが増えた環境では、通信経路と認可方式を切り離して考えにくく、両方の設計が必要です。

つまり、ゼロトラストとSASEはどちらか一方を選ぶものではなく、目的と手段の関係に近い組み合わせです。情シスとしては、経営層や現場部門には「ゼロトラストは考え方、SASEはその一部を運用しやすくする実装候補」と説明するほうが誤解が少なくなります。

どちらを先に考えるべきか

結論から言うと、先に決めるべきなのはゼロトラストの対象範囲と優先順位です。SASEは有力な選択肢ですが、何を守るかが曖昧なまま入れると、ネットワーク刷新プロジェクトだけが走ってしまい、アクセス制御が改善しないことがあります。

優先順位を決めるときは、次の観点で棚卸しすると整理しやすくなります。

先に確認する項目

具体的に見る内容

その後の判断に効くこと

守る対象

社内システム、SaaS、管理者画面、ファイル共有、開発環境

ZTNAやマイクロセグメンテーションの必要度

利用者像

社員、委託先、海外拠点、BYOD、特権ID

MFA、端末証明、条件付きアクセスの設計

接続方式

VPN、本社集約、インターネット分離、拠点回線

SASEやSWG、FWaaSの優先度

運用体制

ID管理部門、ネットワーク部門、CSIRT、ヘルプデスク

導入後の運用負荷と権限分担

NISTやCISAの資料を踏まえると、先に固めるべきはIdentityとPolicyです。ID連携、MFA、端末状態の取得、アプリ単位の認可が弱い場合、SASEだけを先行させても、実態としては「VPNの置き換え」で終わるリスクがあります。逆に、認証と認可の設計がある程度整っている企業では、SASEの導入によって拠点やリモート接続の運用負荷を大きく下げられる可能性があります。

情シスが社内説明で押さえるべき実務ポイント

ゼロトラストとSASEの議論は、どうしても製品名や流行語に引っ張られます。ですが、社内説明では次の3点に落とすと通りやすくなります。

1. 目的を「社外からの安全な接続」だけにしない

ゼロトラストはリモートアクセス対策だけではありません。社内ネットワーク内の横移動抑止、管理者権限の厳格化、SaaS利用の可視化も含みます。SASEも同様に、単なるVPN代替として語ると、導入効果が狭く見積もられます。

2. 既存構成のボトルネックを定量化する

本社経由による遅延、VPN装置の逼迫、拠点ごとの設定差分、SaaS利用時の監査不足など、現状課題を挙げることで、SASEが必要な理由を説明しやすくなります。逆に、その課題が小さいなら、いきなり全面刷新せず、ゼロトラストの基本整備を優先する判断も合理的です。

3. 導入後の運用像まで説明する

ゼロトラストもSASEも、導入時より運用定着が難しいテーマです。ポリシー更新、例外申請、端末の準拠確認、ログ監視、障害時の切り分けを誰が担うかまで示さないと、現場は不安になります。

CISAの成熟度モデルが複数ドメインを横断しているのは、この運用上の現実を反映しているからです。技術導入だけでなく、権限設計、可視化、自動化、継続評価まで見ないと、成熟度は上がりません。Source: CISA Zero Trust Maturity Model

よくある失敗パターン

ゼロトラストとSASEの検討が空回りするケースには、いくつか共通点があります。ここを先に押さえておくと、提案資料の精度が上がります。

用語だけ先行して、守る対象が定義されていない

「ゼロトラスト化を進める」「SASEを導入する」とだけ書かれた計画は、部門ごとの解釈がぶれやすくなります。営業部門が想像する課題は外出先アクセスかもしれませんが、開発部門は管理者権限やクラウド管理画面を心配しているかもしれません。まずは、どのリソースを優先対象にするのかを明文化しないと、ポリシー設計も製品選定も定まりません。

ネットワーク刷新だけで終わる

SASEの導入は、回線集約やセキュリティ機器の統合に効果があります。しかし、ID連携、MFA、端末準拠、アプリごとの認可が弱いままだと、実態としては接続経路を変えただけになりがちです。ゼロトラストの観点では、誰がどの条件でアクセスするかを決める仕組みまでセットで見なければ、改善効果は限定的です。

例外運用を軽く見積もる

実務では、古い業務システム、海外拠点、委託先端末、緊急保守など、例外が必ず発生します。例外申請の手順、承認者、期限、再点検の仕組みを決めずに進めると、本番後に「結局全部許可」に近づきやすくなります。Trustを損なうのは、厳しいポリシーそのものではなく、例外管理が不透明な状態です。

社内合意を作るときの説明フレーム

情報システム担当者が提案を通すには、技術説明だけでなく、関係者ごとに利点を翻訳する必要があります。次のように言い換えると、議論が進めやすくなります。

  • 経営層には、セキュリティ強化そのものより、拠点やリモート接続を含む全社的なアクセス管理の標準化として説明する。
  • 現場部門には、すべてを厳しくする施策ではなく、必要なアプリへ必要な条件で接続できるようにする設計変更として説明する。
  • ネットワーク担当には、拠点ごとの個別設定や本社集約の負荷を見直す運用改善として説明する。
  • 監査や管理部門には、だれがどこへアクセスしたかを追跡しやすくする統制強化として説明する。

この整理をしておくと、ゼロトラストは抽象論、SASEはベンダー製品の話、という分断を避けられます。実際には、アクセス制御、通信経路、監査可能性、運用標準化という複数の目的が重なっているため、説明も一つの言葉に寄せすぎないほうが現実的です。

典型的な進め方

情シスが現実的に進めるなら、全面刷新より段階導入のほうが成功しやすいケースが多いです。代表的な流れは次の通りです。

  1. 重要リソースと利用者を分類する。
  2. ID基盤、MFA、端末管理、ログ収集の不足を洗い出す。
  3. SaaSや社内Webアプリなど、効果が出やすい対象からZTNAや条件付きアクセスを始める。
  4. VPNや拠点集約がボトルネックなら、SASEや関連機能で通信経路を見直す。
  5. 導入後に、例外ルールと監査ログを定期的に見直す。

この順序にすると、ゼロトラストの原則とSASEの導入目的がずれにくくなります。特に中堅企業では、全アプリを一度に再設計するより、対象を絞ってポリシー運用の癖をつかむほうが現実的です。

FAQ

ゼロトラストとSASEはどちらか一方だけ導入すればよいですか

必ずしもそうではありません。ゼロトラストは考え方であり、SASEはそれを含みうる実装基盤です。企業の課題が認証や認可の弱さにあるならゼロトラスト設計を先に、通信経路や拠点運用の非効率にあるならSASE検討を強める、といった優先順位づけが実務的です。

SASEはVPNの完全な代替ですか

環境によります。多くの企業でVPN依存を減らす方向には働きますが、すべてのレガシーシステムや特殊通信を一気に置き換えられるとは限りません。既存接続の棚卸しと段階移行が前提です。

中小規模の情シスでもゼロトラストは必要ですか

必要性はあります。ただし、巨大な概念として扱うより、MFA強化、管理者アクセスの分離、端末準拠確認、SaaSアクセス制御といった小さな実装単位に分けたほうが進めやすいです。

ベンダー提案を比較するときは何を確認すべきですか

少なくとも、ID連携の柔軟性、端末状態を認可に使えるか、ログの可視性、拠点とリモート双方を同じ運用で扱えるか、既存システムの移行難易度を確認すべきです。ゼロトラストの原則に沿うかと、SASEとして運用を簡素化できるかは、分けて評価したほうが判断を誤りにくくなります。

まとめ

ゼロトラストとSASEの違いを一言で言うなら、ゼロトラストは「信頼の置き方を変える原則」、SASEは「その原則を含めて現代的な通信とセキュリティを運用しやすくする基盤」です。情シスが比較するときは、両者を同じカテゴリの製品として並べるのではなく、目的と手段の関係で整理する必要があります。

そのうえで、導入判断は流行語ではなく、自社のリソース、利用者、回線構成、ID基盤、運用体制から逆算するべきです。定義を正しく分けて考えるだけで、社内説明の精度も、要件整理の質も大きく変わります。

特に、稟議やRFPの初期段階でこの整理ができていると、要件の抜け漏れや「結局何を改善したいのか分からない」状態を防ぎやすくなります。情シスが最初にやるべき仕事は、流行用語の採用ではなく、社内のアクセス課題を構造化することです。
その順番を守るほど、導入後の手戻りも減ります。重要です。


古田 清秀(ふるた きよひで)
古田 清秀(ふるた きよひで)
InfiniCore株式会社 ソリューションサービス事業本部 責任者 新卒以来30年以上IT業界に在籍し、サイバーセキュリティの最前線で活躍する専門家です。 ネットワークインフラ構築の営業を通じてセキュリティの重要性を痛感。前職では新規セキュリティサービスのプロジェクトマネージャー(PM)として、その立ち上げを成功に導きました。 長年の経験と深い知見を活かし、複雑なセキュリティ課題を分かりやすく解説。企業の安全なデジタル変革を支援するための情報発信を行っています。